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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)9号 判決

原告 池松茂男 外一名

被告 特許庁長官

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求の趣旨及び原因

原告ら訴訟代理人は、特許庁が昭和三十一年抗告審判第八八七号事件について昭和三十三年二月五日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告大林武は、昭和二十九年十二月十八日「鵲」の文字に「かさゝぎ」の文字を併書した別紙表示のごとき商標について、第四十三類菓子及びパンの類を指定商品として登録を出願し(同年商標登録願第三〇、七四〇号)、昭和三十年五月十九日にその出願公告があつたところ(同年商標出願公告第七、三一三号)、同年七月十八日、原告池松茂男から登録異議の申立があり、審査官は右申立を理由ありとして、昭和三十一年三月三十日、原告大林の前記登録出願について拒絶査定をした。

そこで、原告両名は、右出願商標を共有にするとともに、出願人名義を両名に変更したうえ、両名から、右拒絶査定に対して、昭和三十一年五月二日に抗告審判を請求したが(同年抗告審判第八八七号)、昭和三十三年二月五日、右請求は成り立たない旨の審決がされ、その謄本は同年三月一日原告ら代理人に送達された。

そして、右審決の理由とするところは、出願商標の登録出願より生じた権利を、出願人と登録異議申立人との共有するところとなつた事実はこれを認め得るとしても、原査定において引用した登録異議申立人の標章(かさゝぎの文字を要部とする。別紙表示のとおり。)が両名の共有するところとなつた事実を認めることができないから、商標法第二条第一項第八号に該当し、本願商標の登録は拒絶さるべきものである、としたのである。

二、右審決は次の理由により不当である。

(一)  本件出願商標と引用周知標章とは、共に「かさゝぎ」の文字を要部とするものであり、たといその表現において全く同一ではないにもせよ、すくなくとも同一性を有するものであるから、その一方を共有にする契約が成立すれば、他方も当然共有にしたと認めることが条理に合する。それはかゝる場合契約当事者の両者間に暗黙にその旨の意思の合致があつたと見るべきであるからであり、またかような場合に出願商標の登録適格を認めても、取引者又は需要者の利益を害するおそれは毫末もない。何故ならば、このような場合形式的には自他の離別観ができても、実質的に自他は一体であるからである。審決は形式にこだわり、実情に徹しなかつた点で正当でない。

(二)  仮に右主張が理由なしとするも、拒絶査定及び審決の引用する周知標章も亦、審決前である昭和三十一年四月一日に、甲第三号証の共有契約書によつて、すでに原告両名の共有となつているのであり、この理由によるも本件審決は取消を免れない。原告らが抗告審判においてこの事実を特に主張しなかつたのは、前項で主張したごとく出願商標と引用標章との同一性を確信したからにほかならない。本訴においてこれを主張するが、これを認めることにより、被告の主張するように商標法第二条第一項第八号における第三者保護の趣旨を蹂躙するものとは思われない。

いずれにせよ、本件審決は違法であるので、これが取消を求める。

第二答弁

被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

一、本件商標登録出願から抗告審判の審決の謄本の送達にいたるまでの特許庁における手続の経過及び右審決の理由とするところについての原告の主張は争わないが、右審決を不当違法であるとする原告の主張については、これを争う。

二、原告は、本件出願商標と引用の周知標章とは同一性を有するから、一方を共有にしたことは他方も共有にしたと認めるのが当然である、と主張するが、抗告審判の性質上、かゝる推定による事実認定に基いて審決をすることこそ失当であるといわなければならない。また、商標法第二条第一項第八号の規定は単に周知標章の保護のみを目的としたものではなく、商品の出所の混同より生ずる第三者たる取引者及び需要者の不測の損害を防止することをもその目的とするものであること、論をまたないところであるから、原告の主張するように、出願商標の共有によつて当然引用の周知標章も共有になつたものとの推定に基き出願商標の登録適格を認めることは、取引者又は需要者の利益を害するおそれなしとしない。

三、原告は、また、原査定で引用した周知標章は抗告審判の審決前にすでに共有となつた旨主張するが、原告は抗告審判において、出願商標を共有としたから原査定の拒絶理由は解消するに至つたものである、と主張したのであり、引用周知標章の共有の有無については何ら主張するところがなかつたのであるから、審決後の新たな主張をもつて審決に違法があるとする主張こそ失当である。甲第三号証の共有契約書は単なる私文書であつて、周知標章の登録制度が存しない現状において、かゝる当事者間の私文書のみをもつては、それに関する権利の変動を第三者に対抗し得ないと解すべきであり、これをもつて両者が上記周知標章に関する営業を共にするに至つたものと認めるときは、商標法第二条第一項第八号における第三者保護の趣旨を蹂躙する結果となるおそれがあるといわなくてはならない。

いずれにせよ、本件審決は、これを取り消すべき何らの根拠がない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、原告大林武がその主張のごとき商標の登録出願をし、その公告があつたところ、原告池松茂男から登録異議の申立があり、その結果拒絶査定がされたので、原告両名は右出願商標を共有にするとともに、出願人名義を両名に変更し、両名から右拒絶査定に対して抗告審判の請求をしたところ、特許庁は、昭和三十三年二月五日に、昭和三十一年抗告審判第八八七号として、出願商標の登録出願より生じた権利を出願人と登録異議申立人との共有するところとなつた事実は認め得るとしても、原査定に引用した登録異議申立人の標章が共有になつた事実を認めることができないから、商標法第二条第一項第八号に該当し、登録は拒絶さるべきものである、との理由のもとに、右抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、原告主張の日にその謄本が原告ら代理人に送達された事実については、当事者間に争いがない。

二、原告らは、本件出願商標と引用周知標章とは同一性を有し、その一方を共有にする契約が成立すれば、他方も亦共有にしたと認定すべきである、と主張するが、両者の構成はいずれも別紙表示のごとく全然異なるものであるばかりでなく、前者はこれから登録を得ようという商標であつて、出願人の権利に属するものに対して、後者は出願人以外の既存業者においてすでに使用し、取引者又は需要者の間において広く認識されている標章であつて、当該既存業者の権利であるから、その同一でないことはもちろん、前者を共有にすることと後者を共有にすることとは、契約当事者の双方に対して経済的に全然異なる意義を有し、これを同日に論ずることは妥当でない。原告らの主張するがごとき推測をすることには、何らの合理性がないというべきである。

三、次に、原告らは、本件抗告審判の審決前、前記周知標章をも共有にする契約が成立した、と主張する。しかし、本件抗告審判において原告らが本願商標を共有にしたことはこれを主張したにもかゝわらず、引用周知標章をも共有にした事実について全く言及しなつたことは、弁論の全趣旨に徴して明らかなところであり、そのような事実は本件抗告審判において審理の対象とならなかつたと認めざるを得ない。もつとも、本件審決に、本願商標の登録出願より生じた権利を原告両名の共有するところとなつた事実は認め得るとしても、引用の周知標章が共有になつた事実を認めることができない旨説示されてあることは、前記のとおり本件当事者間に争いがないところであるが、前記認定事実に照せば、右は単に注意的な記載であつて、引用周知標章共有の事実の有無は審決の理由としての判断の内容とはなつていないものと考えるのが相当である。したがつて、さような事由によつて本件審決の違法を主張することは許されないものといわなくてはならない。

四、本件審決は結局相当であつて、その取消を求める原告の本訴請求はその理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第九十五条、第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本願商標

(商標出願公告 昭30―7317)〈省略〉

引用周知標章〈省略〉

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